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Whene'er a cloud appears in the blue

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映画

『インセプション』を観に行った。場所は我らが愛する旧き良き映画館中洲大洋。いまや大抵の映画館では、入口に係員の方が立っていて、清く正しい「入れ替え制」が行なわれているが、この映画館では観る者の良心によりその制度が保たれている様子が伺える。学生の頃は入れ替え制が曖昧で、映画館で丸1日過ごし、同じ作品を何度も観ていたこともあった。授業をサボって平日昼間の映画館をほぼ独り占め、というのはとても気持ちが良かった。繰返し観た作品の中で、感動という意味とは別に思い出に残っているものがある。フェリーニの『道』である。何度も観たにも関わらず、当時の私には眉間にシワ、のまま終わってしまい、未だに何か苦い味の作品となっている。もう一度ちゃんと観なおすかな。話を戻すが、『インセプション』。スリリング、ちょっと複雑で目が離せない。手放しで楽しめる、というわけではなかった。ストーリーのある部分が、自分の現実(夢)にもどこか似たようなのもあって、居心地悪いような、謎が解けかかるような、不思議な感覚を持って観ていた。ここ数ヶ月、夢に古くから縁のあった人物がたびたび出てきては、ひと言とても重要なふうな言葉を残してゆく、ということが続いている。現実においては、それはわりと緊急を要することだったり、ずっと気になりつつ成し遂げていないようなこと、であったり。潜在意識、記憶。それらのキーワードが映画でたびたび使われていた。現実に於ける「夢」の状態、「仮想現実」等という類のものは、広義では意外と数多あるのかもしれない。現実、現実の脚色、非現実(=夢、あるいは夢のようなもの)、そしてそれらが混ざり合う部分も、増えていくのかもしれない。

今朝起きる直前の夢は、なぜか大学受験をひかえた高校生に戻っていて、遊び呆けている自分を叱咤激励する家族や友人がいた。私はポニーテール姿、そして蛍光色のフラフープを手に持っていた。

 〈意識の哲学の領域でも、まだ探究すべき多くの現象が残っている、と私は思っています。とくに、私の関心を強くひく鉱脈があります。それは、過度の意識に属するものとして定義しうるような、すべての現象の探究です。私が言いたいのは、無意識あるいは潜在意識の状態に、意識を対置する必要は全くないということなのです。実際には、意識もまた、麻薬であるのかも知れませんし、非人格化、主観の拡大、主観の遊離といったものの要因であるかも知れないのです。またそれは、ボードレールからヴァレリーに到る激化した意識をもった、最良の作家たちによる文学の場合と同様なのです〉『ロラン・バルト映画論集』(ちくま文庫)

No Code Around the Bend

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  1. 2010/07/17(土) 02:39:05|
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